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HOME > コラム > 西村ヤスロウのイートピアのオノマトピア

第1話
「今夜あたりどう?キュッと」
「今日はパーッと行きましょう」
オヤジたちはその一言で人間関係を保つのが好きだ。では、何をどうすればパーッとになるのかは謎である。
考えてみると世の中わけのわからないオノマトピア(フランス語のオノマトペ=擬音語)がたくさんある。なかなか書く文字には出てこないが、会話ではオノマトピアだらけである。ちょっと考えても「ザッ」「サーッ」「グッチャグチャ」「ポロリ」「パーン」「ボヨヨン」「ガツン」「ドーン」…限りなく出てくる。実にシズル感のある表現だ。考えてみるとシズルという言葉だって日本語に訳せば「ジューッ」という肉を焼く時のオノマトピアである。
さて、食にまつわるオノマトピアはまた限りない。味覚を言葉で忠実に伝えることが難しいため、人は次々とオノマトピアを開発している。そんな言葉を考えていきたい。
第一回目は「キュッ」。
「今夜あたりどう?キュッと」
「いいっすねぇ」
もう笑顔である。「いいっすね」の人は舌を動かし始めたようだ。
さてこの「キュッ」なのだが何なのか。何かの音なのか。
「ゴクゴク」ではないのでビールのようなたくさん飲むというより、日本酒を勢いよく放り込む感じだ。
熱燗にはピッタリだ。同じような度数でもワインには似合わない。ゆっくり味わう雰囲気がないからだ。
しかもそのスピード感から器を持つ指は三本(親指、人差し指、中指)。手首のスナップが重要。
勢いの良さがあるためその分元気を与えてくれる。口に入れた後は目を閉じる。そこで下を向きながら首を振る。「ウィーッ」という声も出そうだ。味わうのではなく染みこませるという感じ。
また「キュッ」には「軽くどう?」的な早く切り上げる雰囲気も含まれている。深酒にせず、燃料補給とか薬を飲むような気持がある。
どうやら、「キュッ」は味わいの表現ではなく、気合いや気付けの意味合いが強い。
熱燗をじっくり味わうなら「チビチビ」の方が合っている。
決して口説くきっかけにはなれない。女性に「今夜あたり『キュッ』とどう?」という場面を想像してみると、がっかりする女性の姿が浮かんでくる。
おしゃれな空間も想像できない。店員が「お客さま」というレストランに「キュッ」は似合わない。
一方で愚痴を聞いてくれるおかみさんのいる「小料理屋」という風情や、威勢のいいオヤジさんのいる「食事処」の一角が良く似合う。じっくり、しっかりという場所ではない。しかし気の利いた料理や配慮がきちんとある。サラリーマンには大切な場所なのだ。
「飲みに行こう」という話になると確かに楽しそうではあるがどことなくつきまとう「重さ」がある。だが「キュッ」の現場には元気のいい「気軽さ」があるのだ。「キュッ」はその重さから解放し、明日への元気を約束してくれる。
いまどき「キュッ」を使う若者はほとんどいない。41歳である私ですら使ったことがない。「キュッ」は高度成長を支えたサラリーマンのためのオノマトピアなのかもしれない。しかし、もう老人となりつつあるオジサンたちの「キュッ」は今日もあちこちで繰り広げられているだろう。
ようやく元気になりはじめた日本。「キュッ」とやるスタイルを再び広げていかないか。
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