HOMEコラム >佐々木和枝の子連れグルメの明日はどっちだ?





第3話
食する姿に魅せられて
2005.04.01

オンナ一人外食することにそう抵抗はない。ランチであれば、ちょっとかしこまったフレンチレストランなどでも結構寛いで食事できるずうずうしさは、すっかり身についていると思う。もちろん気心の知れた友人とあれこれお喋りしながらの食事は何よりの楽しみだが、一人で食べるが故に、サーブされる一皿一皿に更なる注意を払ってしみじみと味わうのもいいものだ。

とは言っても、ディナーとなるとどうだろう。一層華やいだ雰囲気のデイナータイムのフレンチレストランで一人で食事するのは、自分の姿が寂しげに見えやしないだろうかと正直周りの目が気になって、落ち着かないかもしれない。そういう訳で、フレンチレストランでの「夜のひとりごはん」は今のところ実行したことはない。でも実は、これ、老後の楽しみにとってある。いい感じにアブラが抜けて、年寄りゆえ見栄もなく気負いもなく、でもそうミスボラシイ感じでもなくお気に入りのレストランにふらりと一人で現れて静かに食事をとる。そんなバアサンになれないかしらんなんて夢見ている。なんといっても私には「夜のオンナ一人ご飯道」における「心の師匠」がいるのである。

そのお方は、またまた古い話になるが10年ほど前にパリの凱旋門近くの二つ星レストラン(当時)「ギ・サボワ」でお見かけしたマダム。「ミシュラン星つきレストラン」初体験で、緊張しつつ席に着き、好奇心満々で店内を見回した私の目を捉えたのは、ホールの中ほどで泰然とした様子で一人席についているマダムの姿。お年の頃60台半ばくらいであろうか。髪をきちんと結い上げ、ツイードのスーツを着こなして背筋をしゃんと伸ばしている。凛とした風情であるが、決して堅苦しくかしこまった様子でもない。すんなりと、しっとりとお店の中に溶け込んでいる。ごく自然な様子で優雅にナイフとフォークを動かし、ワイングラスを口にしている。そして何といっても、傍から見ていて マダムがこの夕食を大切に思いじっくりと味わい堪能しようという心意気のようなものが、じわりじわりと伝わってくるのである。マダムが静かにオーラを発して、店の雰囲気を一層グレードの高いものにしている、そんな感じがしたのである。一人だからといって、決して寂しげでもない。いや、その夜のお客のなかで、もっとも貫禄と華を備えた人であったかもしれない。

その夜は仕事がらみのディナーで、ワインの製造元のご招待であった。業界人のいるテーブルということで、食事中にオーナーシェフのギ・サボワ氏が挨拶にやって来てくれた。食事やワインについてのお喋りのあと、サボワ氏は私に話しかけた。「日本からいらっしゃったマダム。(私のことね。)あちらのお席で一人お食事をされているマダムがいらっしゃるでしょう。彼女はほぼ毎晩私のレストランで夕食をとられるのですよ。あの席は彼女の専用席なのです。彼女を満足させる献立を毎日考えるのが私にとって嬉しいチャレンジなのです」と教えてくれた。おお、やはりあのマダムは只者ではなかったのだ。毎晩きちんと髪を結い、スーツに身をつつんで惚れ込んだレストランの席に一人つく女性。それは単に食にこだわりがある人というだけでなく、一日一日を流すことなくきちんと生きている人、そんな風にも思えるのだった。

40を過ぎてこれからどんな風に年を重ねていきたいか、そんな事に思いを馳せる時、いつもあのマダムの姿がココロに浮かぶ。

さて 冒頭で一人で外食するのが好きなどと偉そうに宣言してはいるが、実際のところは、子育て真っ最中の専業主婦の私にとって、一人外食は高嶺の花。幼児と乳児に振り回されて、私の時間は怒涛のようなスピードで流れていく。大切な「食」の時間も、気を抜くと 子供への「えさやりタイム」になりかねない。

こんな生活の中で私は、あのマダムの事を思い出す。レストランで見かけただけで、彼女の生活環境などまったくわからないのだが、彼女なら、きっとどんな慌ただしい日常のなかでも、「食」をおろそかにすることはないだろうと 勝手に想像する。そして自分の気持ちをひきしめる。朝は美味しいコーヒーをいれて、パリッと香ばしくトーストを焼き上げたい。昼は子供の公園遊びにつきあって戸外で食べることも多いのだが、コンビニ弁当で楽をしたい誘惑に負けることもある。でもできるだけご飯を炊き、塩鮭を焼き、おにぎりを握ろう。時間が無いときはおいしいデリカテッセンでランチボックスをテイクアウトして青空の下で広げよう。夕食はまさに戦争。野生ザルの如く落ち着きがなく、マナーを知らない、我が息子相手に あれ食べろ、これ残すな、行儀良くしろと、やいやい言いながらの食事であるが、時々気持ちを自分に向けて背筋を伸ばす。子供相手の夕食であるが、きちんとテーブルセッティングし、テレビを消して、お気に入りのBGMを流して息子と一緒に頂きますを言おう。今の私には、毎晩一人で落ち着いたレストランに出かけることなど夢物語。でもマダムから感じた「心意気」を、今の私の毎日の何気ない当たり前の食卓で、私なりに実践してみたいと思うのだ。

名前も知らない、パリのレストランで見かけただけのマダム。その姿をココロに抱きつつ、流されそうになる毎日の中で、「食べること」を軸にして丁寧に生活を刻みたいと奮闘する私。自分がはるか離れた極東の地の女性にこれほどまでに影響を与えていると知ったらマダムは多いに驚くことであろう。人生にはいろんな出会いがあるものだ。言葉も交わさず、ただ悠然と「食する姿」を見かけただけの女性の思い出に励まされ、諌められている。ちなみに、「ギ・サボワ」は、2002年に三つ星に昇格している。あのマダムは、まだお元気で通っているだろうか。