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第4話
匂いと風土の微妙な関係
2005.04.21

コモチ女の日課。それは子供を連れての公園通い。ありあまるエネルギーを爆発させる三歳児を公園に放ち、夕方、遊び足りない、帰りたくないと泣き叫ぶ山猿息子をなだめすかして家路につく。ちょうど夕食の支度時。公園からマンションまでの住宅街にどこからかおかずの匂いが漂う。「あ、この家は 今日は焼き魚かしらん」などと思いつつ、我が家の今晩の夕食作りの段取りを考えながら息子の手を引く。台所の窓から漂う「ニッポンのおかず」の匂いが わが街の風景の中に溶け込んでいく。どうという事のない日常の、しかし何かしらココロ落ち着く幸せな情景である。

この愛すべき「ニッポンのおかずの匂い」も匂うべき場所を選ぶのだと知ったのは、アメリカに暮らしていた時のことである。「夫婦でアメリカ留学」を果たしたわが夫婦であったが、進学先が別れてしまい、二年間オットはボストンで、私はニューヨークで暮らすこととなった。オットが住んでいたのは、大学が所有し学生に提供していたアパートメント。レンガ造りのなかなか趣のある建物で、日本であればちょっとした高級マンションといった佇まいであった。

学期末の休みなどには 私もこのアパートメントに滞在し、せっせと日本食などをこしらえていた。その日も近所の日本食料品店で鯵の干物を買って帰り、ガスコンロの上に焼き網をのせて焼き、たっぷりの大根おろしと食してご満悦であった。

ところが、翌日外出先から帰り、アパートメントの共用の階段を元気よく駆け上がった時である。二階に続く踊り場でぎょっとして立ちすくんでしまった。強烈な魚の匂い。いやこの場合は「臭い」と表現するべきであろうか。昨晩私が焼いた干物の匂いが二階のオットの部屋から流れ出て、他の部屋の住民が上り下りする階段の踊り場にまで広がっていたのである。アメリカ特有の住居用洗剤の化学臭と鯵の干物の匂いがぶつかりあって、もう強烈なことになっていた。あの涎が出るほど食欲をそそる干物の匂いも、このボストンのクラシックな趣のアパートメントにおいては、その存在が全く周囲と馴染む事なく孤立し、恐ろしく野蛮な臭いと化していたのが驚きであった。レンガ造りの建物というのは機密性が高いのであろうか、なんともいえない魚臭さは数日にわたってどんよりと漂いつづけ、階段を上り下りする度に恥ずかしさに身が縮む思いであった。

その後、我が愛するニッポンの干物臭は、隣国韓国のこれまた強烈なニンニク臭によって駆逐された。どうやら一階に住む韓国人留学生夫婦の部屋から流れ出てきたようだ。日韓手をとりあって強烈なアジアの香りを撒き散らしていたわけだが、アパートの住民の多数を占めるアメリカ人にとっては、甚だ迷惑なことであっただろう。

実は今、我が家に漂う「異国のおかずの匂い」にそこはかとない違和感を覚えつつ、このボストンでの失敗談を思い出しているところなのである。今日の夕食はカレーであった。いわゆるニッポンのカレーではなく、7種類のスパイスを使った本格派インド風カレーに挑戦してみたのだ。といってもスパイスがすでにセットになったものを買い求めて付属のレシピに忠実に調理しただけなのだが、出来上がりは味・香り共に結構「それっぽい」仕上がりであった。夕食を終えた今もキッチンからインド料理独特のスパイスの香りがリビングにまで漂ってきている。ところがこの香り、食事を終えてしまった今となっては「ニッポンのリビングルーム」にはなんとも落ち着きが悪い。正直、窓を開け放って速やかにお引取り願いたい感じである。これがいつもの我が家の惣菜の匂いであればそう気にはならないのだけど。

匂いもしかり、味もしかり、食べ物から発せられるメッセージは随分と我儘に、己を引き立てる環境を選り好んでいるかのようだ。ニッポンの食べ物の味と香りはニッポンの風土に抱かれて、インドの食べ物の味と香りはインドの風土に抱かれて、その本領を発揮するといったところか。だからこそ、各国料理のレストランでは、店内にその国の文化を再現すべく、インテリアや音楽などに趣向を凝らしているのだろう。

話は戻って、ニッポンの干物。調理法は簡単だし、栄養価は高いし、美味しいし、ご飯がすすむし、日持ちはするしで、キッチンで足元にまとわりつくガキンチョを蹴飛ばしながら、短時間でちゃっちゃかちゃ〜〜と簡単美味なる食卓を整えたいコモチ女にとっては、本当に有難い食材。ここ日本のしっとりウェットな空気の中で、その匂いの食欲をそそること。換気扇をがんがんに回して、色艶よく油ののっている鯵の開きを心置きなくじっくりと焼くことのできる幸せ。こんな事を再認識したのも、アメリカ生活で得た収穫の一つかもしれない。