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第5話
名ソムリエの魔法の言葉
2005.05.24

「ソムリエさんって、お仕事の場を離れても、何かとワインについてのコメントを求められる事が多くありませんか?プライベートなパーティとかお食事会とかでその場に出されているワインについて訊ねられたら、どのように対処なさるのでしょうか?」

「そうですね。いろんなところで、特定のワインについて感想を聞かれることは確かに多いです。私が心がけていることはどんなワインであろうと、絶対に否定的なコメントはしないと言うことです。そのワインを美味しいと思って楽しんでいらっしゃる方がいれば、せっかくの楽しさに水を差すことになりますし、ワインを提供しているホストの方にも失礼です。そもそもワインの良し悪しの判断なんて個人的な好き嫌いにすぎない。絶対的な答えなどないんです。私がワインについて悪口を言うのはおこがましい限りなのです。どんなワインにも何か特徴があります。必ずいいところがあります。それを見つけて前向きなコメントをするようにしています。」

何気なく投げかけてみた質問に、そのソムリエさんは、温和な人柄を表すいつもの優しい笑顔を一瞬厳しいものにして、そしてご自分に言い聞かせるように答えてくださった。半蔵門にある「東京グリンツィング」での会話である。質問をしているのは客である私。ソムリエさんとはこのフレンチレストランのオーナーソムリエの熱田貴さん。4期8年にもわたり日本ソムリエ協会の会長を務められ、現在は名誉会長でいらっしゃる方である。

最近よくこの熱田さんの言葉を思い出しては反芻している。私の中でこの言葉はワインを語る以上のものになっているようだ。確かに軽率な否定の言葉は知らず知らずに周囲の人を不快にさせる事が多いかもしれぬ。今までの自分はどうだったろうかと振り返るとかなり冷や汗。私は「脊髄反射的」に口から言葉が出てしまうタイプ。「あれは駄目だ、これは今ひとつだ、私は好きじゃない。」ぽっと頭に浮かんだ感想を「思いやりや気配り、根拠は何かを求める理性的な分析」といったフィルターをかけずに、そのまま軽々しく口にしてしまう事が多い。あの日本ソムリエ界の重鎮にして「私にワインを裁くことは出来ない」との謙虚な信念。それに引き換え全くお前は何様なんだというところで、誠に恥じ多き人生ではある。

「災いは口より出でて身をやぶり、幸いは心より出でて我をかざる」なんか説教くさくなってきたけど、これは、ご近所のお寺の掲示板に張り出されている言葉。この言葉と熱田さんの発言がブレンドされて、さらに心に響いてくるのだ。「災いは口より出でて身をやぶり」。これって、そのまんまおっちょこちょいの私の事みたい。「幸いは心より出でて我をかざる」。こちらは、名ソムリエ熱田さんのお人柄の事を言っているみたいだなと、優しいお顔を思い出す。

そして、「否定する事から始めずに、良いところ、おもしろいところ、ユニークなところを探し出し注目してみる」これって、気持ちの良い人間関係を築いていく上での秘訣じゃないの。いやいや人間関係ばかりではない、自分を取り巻くいろんな事を否定じゃなくて、肯定の目線で眺めてみる。そうすると許容範囲がぐっと広がって、新しいモノや人との出会いが開けて、より彩豊かでおもしろい人生を送れるんじゃないかしらん。

例えば、今の私の毎日。もうこちらのコラムで何度も愚痴らせて頂いているが、子供達に時間とエネルギーを捧げる日々。子育てと家事にまみれ自己啓発の時間をとるのもままならぬ。好きなお酒もなかなか飲めぬ。こよなく愛した食べ歩きは夢のまた夢。「これでいいのか私の人生!!」。うじうじと考え込む瞬間がないわけではない。

そこで、熱田さんの魔法の言葉である。否定じゃなくて肯定の目線。すると今の生活もそれはそれで豊かなものに思えてくるような。今春から幼稚園に通い始めた息子の手を引き、もうすぐ6ヶ月になる娘をベビーカーに乗せて、片道20分、息子のペースで毎朝歩く。入園式の頃はちょうど、桜の散り始めだった。はらはらとまい散るピンクの花びらの中、道端にしゃがみ込み、花びらを拾い集め始める息子。毛虫や蟻を見つけて一緒に観察。たんぽぽの綿毛を吹いて飛ばす。毎日通る川沿いの道の木々が日々緑を増していくのを肌で感じ、川の中に亀が泳いでいるのを発見して大騒ぎ。(いるんですよ!世田谷区内に野生のカメ!!)40過ぎてもう一度子供時代のように土や水や葉っぱや虫をしみじみと眺める日が来るとは思わなかった。なんていうんだろう、人生の一番基礎になっている部分をもう一度おさらいしている感じ。

会社員時代の朝の高揚感が好きだった。ちょっと早めに出社してメールをチェックして、一仕事片付ける。 始業時間に出社して来る同僚たちをほんのちょっぴり優越感を持って眺め、ざわめき始めたオフィスの喧騒も心地よくコーヒーをすする。そんなテンポの良い朝とは対極の時間を今は過ごしているわけだが、どっちがいいかじゃなくて、どっちもいいぞと、熱田さん流に解釈してみる。するとなんだか「女の人生かくあるべき!」と白黒つけたくなるがちがちのココロもほぐれていくような気がする。

さて、何だか、内省の日々を過ごし、慈母の如き微笑をたたえ、すべてを受け入れる崇高な精神を持ち合わせた人間になったかのような事をつらつらと書いてしまったが。。いえいえ、まだまだ修行がたりません。

昨日のうちのサル息子。壁から壁へとセロハンテープを張り巡らして、リビングルームはくもの巣の如し様相。ウルトラマンシール十数枚をフローリングの床に貼り、(剥がれね〜んだよっ!)、壁にぐるぐるっとクレヨンで落書き。(昨年リフォームしたばかりだっつ〜〜のっっ!)メダカのえさと片栗粉がブレンドされてキッチンの床にぶちまけられている。(なんでや〜〜〜っっっ!?)バックグラウンドミュージックは赤ん坊の甲高い泣き声。この地獄絵図のような光景をどうやって「肯定的」に受け入れたらいいんざんしょ。とりあえず、「芸術は爆発だ!」とでも解釈すればいいのでしょうか?結局爆発したのは母親であるわたくしで、いつもの如く青筋たてて息子に雷をドカンと落とし、「も〜イヤ!こんな生活!!」と心の中で叫んだのだった。

優しく思いやりに満ちた、ポジティブシンキング道。この心に再び触れて、癒される必要がありそうだ。もう何年も熱田さんのお店にはお邪魔していない。ここは一つどうにかして、「東京グリンツィング」詣でを再開したいところだ。美味しい料理とワインとそしてソムリエさんの魔法の言葉。贅沢な空間が無性に恋しい。